ぷよぷよDrのムキムキダイエット

内科医による駆け出しダイエッターの備忘録

宙ぶらりんでさまよって。

ある人と電話でお話しする機会があり、改めて『普通は』という言葉がもつ侮蔑的なニュアンスを感じた。

 

そもそも、パートナーとのやり取りの中で価値観の相違で喧嘩になるとき、

お互いの『普通』は隔たりがあってその隔たりでマウントを取り合っているだけだったりする。あくまで僕の場合は。

 

 

例えば、年末年始は『普通は』家族で過ごすものという習慣がある人が、実家に帰らず友達と遊びに行くなんてことがあれば、普通じゃないわけで、人生の伴侶として過ごすパートナーには自分と同じ感覚でいてほしいというのは50歳以上の年代のあるあるな気がしている。

 

アップデートが遅れた社会人には多様性の社会と言われてもついていけないことも多くて、こんな考えをいまだに持っているのかと指摘されるのではと被害妄想も。同調圧力プレッシャーで息苦しさを感じてる。

 

実際過去、『普通はこうだろ?』と言ってもめたことがある。あんたの普通を押し付けんなと言って見事にキレられた。当時は『じゃあお前の普通を言ってみろよ、考えを言ってみろ。分別のある大人ならお前の言い分はお前の普通であって大人の普通じゃねえよ』とこれまた完全な分断を誘うあおり方をした気もする。もちろん怒りの感情は取り除いて。

 

その当時、喧嘩をしている最中からやっぱり大切な人と揉めるのは精神をすり減らす行為でかつ『人間関係でうまくいくためにはどうしたらいいか』をすごく考えていた時期だったから意見の相違があってもぶつかって腹割って話す機会が増えればいいかくらいに考えていたな。

 

しかし、相手はそうではなかった。ことあるごとに価値観の相違が顕在化してこんな人となぜ同じ時間を過ごさねばならぬのかという思いが募ったとのこと。ある日を境に着信拒否。音信不通。郵便物も届かぬ状態になってしまった。当然僕は悲しみにくれるのだけど、相手もしんどかっただろうなという思いも同時に。時間がたった今でもあの時に何ができたかと夜飛び起きることがある。

 

さて。何ができただろう。自分の傷口を内蔵が見えるほど開ききって向き合う必要が僕にはあった。自分はなぜ『普通は』という言葉を使ったのかを考えてみた。

 

 

僕の『普通は』という言葉には『社会通念上』という意味が含まれている。

社会通念上というのは日本で育った社会人の常識や見解。『多様性』時代の日本において『普通』という言葉がいかに軋轢を生む言葉であるかという自覚が足りなかった。そして侮蔑的なニュアンスも含まれている。要は常識的な考えは自分であり、常識からかけ離れた思想や行動習慣をもつのは君ですよね的な。言われていい気はしないし神経を逆なでしているわけだから相手も怒って当然。こんな言葉を使っていた自分が恥ずかしい。ほんとに。。

 

喧嘩になったことの内容は忘れてしまったけれど、『普通はね』という言葉でもめたことが結果的に喧嘩の本流となり疎遠となったのだけど、普通か、普通じゃないかなんてどうでもよくて、、、、。自分がしたかったことは自分と相手の考えが違いつつもどうすれば円滑にコミュニケーションがとれるかとか、楽しくすごせるかとか、そういったことに時間を使いたかったはず。価値観の相違があることを前提としてパートナーシップを築くにはどうしたらいいか。二人で二人の問題に向き合いたかった。これが本音だった。

 

結果、相手の闘争心につけた火はどんどん激しく燃えて二人の関係は焼け野原になったのだけど、相手が燃え盛っているときにどれだけ冷静に対応しても溝は深まるばかりで後の祭りだった。

 

 

偶然先日お話しした人と『普通は』の話になってこの一連のやりとりを思いだした。

イヤーな汗がでる。。愛するとは技術と言ったエーリッヒ・フロム。自分は技術のなさで邂逅を見事に潰してしまった。

 

 

そして。

(ここまで読んで『こいつ被害者面してね?』と思った方、違います。)

無自覚であったにせよ相手を傷つけていたことを実感したのだった。目に見えないナイフで大切な人を刺すことを想像してみて。辛すぎるでしょ。相手はもっとくるしかったはず。正直、自分の恥ずかしさなんかどうでもよくて。無自覚で人を刺す辛さ。時間がたってから、音信不通になってから、どんな気持ちも相手に気持ちを伝えられなくなった今、申し訳なさやら様々な後悔がループする。煉獄のトラウマ。

 

自分はこうしたある種の十字架も意味ある経験に変えたいと思ってるタイプ。こんな経験を生かせるのはいつになることやら。ジリジリと焦燥感を感じた土曜の昼下がり。見つめたくない過去。生かすべき過去。落としどころのない気持ちが今も宙ぶらりんでさまよって。